Ritual by Shaman
in Sri Lanka

今回は シャーマン について
ご紹介したいと思います。

※シャーマン(英:Shaman)とは
アニミズム(自然信仰・自然崇拝)
における「祈祷師」にあたります。

今まで 旅した先で
シャーマンの儀式に 偶然
立ち会うことが たびたびありました。

どのような場面で
儀式に立ち会うのかというと、

昔からの習わしが残っている村落で、
その土地の人々が 快く(こころよく)
受け入れてくれると立ち会えます。

とはいえ
それを狙って行くわけではなく
ふと立ち寄った先で 
ちょうど祭事が行なわれる日に出くわす
という具合に

タイミングや 
縁によるところが大きいですね。



その土地の人達から
「一緒にどうぞ」と招かれたら

親族の方々の中に混じって
同席、参列させていただきます。

土地の人々の神事に 
よそ者 外国人の自分が一人混じる
というのは ちょっと珍しい光景。

また、山深い奥地では
英語はもちろん その国の公用語も
通じない場合があり、

お互いに言葉以外で
コミュニケーションを取りますが、

案外すんなり馴染んで
受入れてもらえるのは
本当にありがたいことです。


さて、前置きが長くなりましたが

スリランカで
シャーマンによる儀式に同席した
ときの様子を ご紹介します。

この日
シャーマンに祈祷してもらうのは、
ある一家の 家と土地。

この一家にとって 特別な日で、
準備も色々ある様子。


料理についても
普段使っているキッチンを使わず

外に土鍋を出して
薪(まき)で料理を煮込みます。

できあがりが こちら↓。

野菜の煮込み料理で、
日本でいう精進料理ですね。

この他に
お供え物も準備します。

細長い木の葉を 透かし細工にして 
こしらえたお供え皿に
お花とキャンドルを飾ります。

この お供え皿のほか
大きな御神輿(おみこし)のようなものも
木の葉、茎、幹を利用して

すべてシャーマンによる手作業で
丸一日かけて 丁寧に作られます。

豊かな自然が周りにあって
植物を材料にして

手作業で 日用品を作る
という

昔は日本でも当たり前だったことが
現代生活では失われており、

ここで改めて
自然の恩恵をいただいて
体を使って創作する
その豊かさ
を感じた一場面です。

さて、夕方になり
シャーマンが祈祷の準備を始めました。

いよいよ始まります。

家の周り四隅にお供え物をして
ロープを張っているのは、
いわゆる「結界」ですね。


ここでのお供え物は
大きな葉っぱをお皿にした
ロウソク、フルーツ、お花。


玄関先をメインの場所にして 
祈祷が始まりました。



火を使いながら
祝詞・呪文を唱えて祈祷中


↑こんな感じで シャーマンが
火を噴いたりもして、ちょっと驚き。

この家の子供たちも 興味津々で、
「シャーマンの火噴き」は

ちょっとエキサイティングな
アトラクションになっていました。


南国らしく
のんびりとした雰囲気の中
祈祷はしばらく続きます。


結界の外へ向けて お祓いの儀。



祈祷が完了したかどうかを
木の実を使って占います。

占った結果
「未完了」と出たので
もう一度 祈祷します。

数回 祈祷と占いを繰り返した後、
「祈祷完了」と出たので
この日の祈祷が無事終了。


でも、まだ終わりではなく

祈祷中に
この家・土地から出てきた不浄物を

次の日に シャーマンが
ある決まった場所へと運んで行って
解き放ち、

これで 
すべての祈祷・お祓いが終了。

このようにして、この家では
毎年一回、シャーマンを呼んで
祈祷してもらっているとのこと。

ちなみに、この一家は仏教徒ですが
昔から この土地に伝わる
アニミズム(自然信仰)も
生活の中に息づいており

自然豊かな場所に住む人々の
自然とのつながりや
目に見えない存在への敬意 

といったものが感じられ

改めて
「私たち人間は 自然の恩恵を受け
 様々な存在に守られ、生きている」
という謙虚な あり方を
教えられた気がします。


最後に
この一連の儀式を見せてくれた
シャーマンと この一家に
感謝の気持ちを送ります。

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